【山里NPO雑記帳】
2010/03/30
7割が農山村地域である新しい豊田市が誕生して5年。都市と農山村の共生を掲げ、市民も自治体も取り組んできた。その5周年を迎えるにふさわしい山里NPOたちによる集会が3月14日、足助交流館で開催された。8団体+α、150人ほどが集った。矢作新報3月19日付で新見克也記者が的確に報道しているので見ていただきたい。
ここで特記しておきたいのは、鈴木公平市長が時間を工面し、午後からの再開前に駆けつけ登壇し、わたしたち山里NPOに真心こもった挨拶をしてくださったことだ。
「本当にたくさんの人が本当にがんばって一生懸命に取り組んでいる姿を見るにつけ、手を合わせて拝みたいくらいありがたく思っています。」しかし、「成果がみえるようになるには本当に時間がかかる。」市長としても全力で取り組んでいるが合併後も農山村では過疎化が進み、「どんな成果がでたかといわれると、責任者として身が切られる思いです。」「川渕Jリーグチェアマンから贈られた『鈴木公平様 継続こそ力なり』という色紙を我慢のときもカッカするときもそれを見ています。」「今日のこの場が、次のステップへの何か新しいものが見つかるという場であっていただければと心から期待しています。」「何をどうお手伝いしバックアップするかは別として『できることはさせていただけないだろうか』という気持ち…を皆さんにお伝えして、あいさつにさせていただきます。」
以上が要旨。市長の真剣さ、悩み、私たちへの期待感をひしひしと感じるものであった。山里NPOの8団体+αは今後毎月会合を行いと実践上のコラボも重ね、豊田市全体の「農山村へのシフト」をコーディネートしていく民間側の動きを構築すべく足を踏み出そうとしている。
私たちに市長の悩みを共有する覚悟ができていることを実践的に示したい。

【山里NPO雑記帳】第9回足助炭やき塾 本もの体験
2009/11/30
 ズズズドーン。大地が揺れる。腹の底に響く重低音が四方の山を支配する。
両手をまわしても届かぬ太さのアベマキの樹が今伐られ倒れたのだ。そのあとの長い静寂。だれも言葉を紡ぎ出せない空隙。心が激しく揺さぶられ安定を求めて言葉を探す。
 名古屋市で医療に従事する千絵さんは、はじめて「足助炭やき塾」に30人あまりの受講生のひとりとしてやってきた。炭焼きの「始め」から「終わり」までをブラックボックスなしで体験。彼女がやっと紡ぎ出した言葉は「恐怖」。自然と向き合う山仕事を目の当たりにし感動した。木が倒されるときの危険、真っ暗な炭窯のなかに入り込んでなにも見えない不安…。その感動は「ああよかった」ではない。映画や茶の間のテレビのドキュメンタリー番組ではない。ほんものの自然と直に肌で接して仕事することの「恐怖」なのだ。これが自然への畏敬にほかならない。
 豊田市のOL千晶さんは、炭窯へ伐って割った1メートルの炭材を隙間なく丁寧に入れていき、火をつけ、窯にけむりが上がっていくまでのを体験し、「神聖」という言葉が浮かんできた。この炭窯に神様を祭るように、点火する。真吾窯の責任者の滝澤さんと同じ時空に位置したからこそ感じたこと。
 「村瀬さんに感動しました。」と言ったのは加藤さん。愛郷窯の責任者の村瀬さんが点火後の窯の不調に必死に対応する姿。加藤さんもお手伝いしていた。人が感動するのは人・自然・仕事の本質に迫った時なのだ。
 塾頭の梶誠さんは言う。「大きな木を伐る。その時『ありがとうございます』と祈る。生きものを相手にしている心で、無駄にしない、灰まで活かす。炭焼きは循環的あり方そのもの。」
 ここには、人にとって大切なものが全てあった。

【山里NPO雑記帳】「農山村定住・先進地 カウロゲの里」
2009/07/06
五月三一日、豊田市の農山村地域への定住促進・交流居住の先進地、野林町カウロゲで見学会が行われました。

平成一〇年から地元の方を中心に、長期にわたる定住希望者との交流、行政や専門家のバックアップ、町職員住宅完成を起爆剤に「高嶺下ファームビレッジ」構想を実現させていきました。山林の地形そのままに素敵な木造住宅がぽつぽつと六戸、森のなかに暮らしています。今では、地元小学校児童の二割がこの地域から通学。

主催の「とよた都市農山村交流ネットワーク」足助地域会事務局の吉田大さん自身もカウロゲへ家族とIターン定住した方で、今回の見学会を以下のように「よびかけ」ました。

「部落から減っていく子供達の元気な声に危機感を抱いた梶誠さんが中心となって、地域・行政・専門家を巻き込みながら取り組んで成功した足助地区野林町の定住促進事業について、梶さんの想いや苦労話や心暖まる交流の数々、定住した住民の声などを伺います。都会から人を迎え入れたいと様々な活動をされている方々とともに、これからの里・村のあり方について学び、気づき、元気づけ合う機会になることを願っています。」

当日は足助地区で交流居住に取り組む新盛町の方々、農山村に移り住みたいという若者、地域振興にがんばる市職員、カウロゲを拠点に活動する森林ボランティア「足助高嶺下の森クラブ」のメンバーなど多くの方が参加。
二一世紀の暮らしは「自然との共生、農ある暮らし」と提唱した梶誠さんは今七六歳。地元の小学校を何としても存続させ、山や田畑を保全し、自然豊かな美しい故郷を存続させること。そのために山里で取り組んできました。様々な困難もあったようですが、家族の支えなしには実現できなかったと振り返っていました。

農山村再生、その教訓に満ちてます。

【山里NPO】新年度に歩みをふりかえる 
2008/04/05
(08.4 山本 薫久)

もう十一年前になる。山里に移り住み、自然農の実践や森林作業をやりながら暮らし始めた。自分で米や野菜を育てる。森のことをよく知って間伐する。小屋を作る。本当におもしろい。そんな牧歌的な暮らしをして3年を過ぎたころ、本格的な山仕事の就業に誘われた。収入より正規の職業を持てるという世間体に魅了された。妻に相談したら猛烈に反対され、即収入にはならないし世間的な評価もないが、今までどおり自分がめざしたことを一歩一歩形にしていこうと再度心に刻んだ。
自分がめざしていたこと。それは都会暮らしで失くしてきた自然と共に生きる力や技術、知恵といったものを一つ一つ取り戻していくということ。普通の市民が自主的に自在に森と山里を舞台に活動し、暮らせること。
これをミッションに山里暮らしで出会ったすばらしい人達とNPOを創り上げてきた。足助きこり塾や矢森協をいっしょに立ち上げてきた仲間たち、高校時代の友人、山里に住む先輩たち、市民の目線を持ってがんばる公務員たち。
森林インストラクターの資格も得て、04年にNPOを発足。すでに始めていた足助炭やき塾・自然観察会・農体験・間伐体験に加え、スローライフ森林学校、素人のための家づくり実践講習会、ログ・スクールなどの各種講座を始めた。豊田市などが主催する森林塾の運営協力と森林ボランティアの支援もした。05年2月にNPO法人に認定され、06年度から「とよた森林学校」(豊田市主催)の講座開催に協力し、OBによる自主的なグループづくりの支援もしている。「ゆったり食ゆったり暮らし」(西村自然農園)というスローフードの講座も開始。隔月発行のニュースの読者は現在700人、正会員91人、賛助会員31人、事務局5人。
私自身森林ボランティアで山仕事実践の会、足助高嶺下の森クラブに所属し、矢森協が05年に始めた「森の健康診断」はじめ矢作川流域圏での森林市民活動の発展に力を注いでいる。
行政や各団体との協働・共働で、いっぱいの会合や打合せ、事務的な仕事がある。まだまだ増えそうだ。忙しい私を妻はどう想っているのだろう。

【山里NPO】矢森協の安全技術研修
2008/04/01
(08.3 山本薫久)

 「100sの物体が10m落下すると1.4トンの力が加わる」と聞いたことがある。正確でないかもしれないが、実感としてはわかるような気がする。たぶん普通乗用車くらいの重さの物が圧し掛かってくるのだと思う。
 間伐作業では胸高直径20p弱、樹高15mくらいのスギやヒノキを伐倒することがよくある。大きい木ではないが、水をすった生木だからけっこう重い。幹だけで200s以上はあろう。枝葉がつくとどれくらいだろうか。この木が倒れて地面を叩く力は何トンだろうか。ものすごい衝撃だろう。素手の人の力ではまったくかなわないものを相手にしているのだ。それを、機械力と技術と理論と知恵でなんとかしている。そう自覚する。
 僕ら森林ボランティアは好きで間伐作業をしている。けっして仕事ではない。その意味では登山など山岳スポーツに似ているところがある。登山では、低山から高山、夏山から冬山、岩や沢など、先人たちが切り開いた「技術」があり「理論」がある。初心者が安全に力量に合わせて登山を楽しめるように、山岳会などの組織や講習会もたくさんある。僕ら森林ボランティアも山岳スポーツにならい、グループをもち保険に加入し、講習会にも参加するようにしている。
 2月下旬、土・日曜をつかって矢作川水系森林ボランティア協議会が研修会を開いた。8つのグループが参加した。技術と理論、経験十分のプロの先生6人に来てもらい研修を受けた。僕らのなかではベテランと思われるメンバーが「まな板の鯉」となって実演し、その後先生から安全上・技術上の指摘が徹底的に容赦なくとんでくる。安全と技術の裏付けのない作業は許されない。先生方の指摘は僕への指摘でもある。僕自身のなかにある自惚れと傲慢さ、怠慢があぶり出される。
先生方は今回もこう言った。
 「基本が身に付いたなんて、勘違いしないでください。まだまだです。基本が身に付いてこその安全です。伐倒方向の確認、退避方向の確認、ロープなど補助具の活用の可否、正しい受け口…。本当に意識してやってください。漫然とやらないでください」
 安全技術研修なくして僕らの活動はない。

森もり会総会
2008/03/30
 3/22足助椿立のユースホステルで「森もり会1周年の総会」がありました。
 とよた森林学校の自然観察リーダー卒業生で作っている会です。「楽しく1年観察などやってきましたが、多くの方が参加できるよう工夫しましょう」と岩月会長からあいさつがあり、顧問の北岡さん(森林学校の先生)からは「豊田市の潜在自然植生調査のための鎮守の森調査をやりませんか」と提案があり、みんなで頑張ることになりました。その結果は来年3/22の森林学校3周年の行事で発表します。
 たのしみですね・・・

新ボランティアグループ結成!
2008/02/01
11月に続き12月1日には「足助高嶺下の森クラブ」の例会にOB9人が参加。「足助高嶺下の森クラブ」は第4回とよたオイスカ森林塾のOBが中心となり梶さんと足助炭やき塾のスタッフや定住促進の講習会に参加した方などで活動している。第2期の間伐応援団養
成講座は第7回森林塾に相当する事から、いわば兄弟のような間柄でもある。2つのグループにわかれて間伐の実習をおこなった。
同じく兄弟グループである「小原こだまの会」(第3回森林塾OB中心)の定例会にもOB5人が参加し、間伐を実践。
1月14日には矢森協のモデル林事業の一環として、足助地区の四ツ松町の山林で島崎山林塾企業組合の藤原祥雄さんを講師に来ていただいき間伐実習をおこなった。9人のOBが参加。係り木にならない的確な間伐方向の定め方。追い口を入れながら伐倒木を見上げ倒れる瞬間を早く判断し余裕のある退避行動が取れること。チエンソーの刃の目立てなどチエンソーメンテナンスの基礎…などを学習した。足助きこり塾の松田清さん安井さん、小原こだまの会の西川さん宮島さん、スローライフの山本がサブリーダーとして学習に協力した。実習終了後、場所を移しOBたちだけで会合をし、新しいグループとして行動できるよう、保険や連絡網、日程などを話し合った。

第4回矢作川森の健康診断 報告会 開催!
11月3日(日)、JAあいち豊田本店ホールで、6月2日に長野県平谷村、恵那市上矢作、設楽町などで実施された「第3回森の健康診断」の結果報告会が開催されました。
会場には森や林業に関心をもつ熱心な市民約100人が来場。
開会挨拶で、代表丹羽健司さんから「第3回矢作川森の健康診断を終え約3年半の間に森の健康診断が全国に広がり始めている。また、矢作川でも第四回に向け準備が進行している」と報告がありました。
 第一部は参加者からの報告、地元関係者の感想、そして研究者グループの洲崎さんから森の健診結果が発表されました。
今回、平谷村ではカラマツ林が多いのが特徴的であり、スギ・ヒノキに比べ林内も明るく下層植生が豊かで被覆率も高いが、標高のせいもあり種数は少なかった事、植栽密度はスギ・ヒノキに比べ半分の800本/haである事などが報告されました。
第二部のパネルディスカッションでは、愛知県森林組合連合会会長の村松さん、研究者の蔵冶さん、矢森協の山本さん、丹羽さんらが意見を交わしました。
「豊田市は2万5千haを10年で間伐する計画がある。非常に難しい数字だ。反面外材が入りにくくなり国産材のニーズが高まって来ている」
「間伐の危険性、人材の不足、問題点は多々あるが、解決策を考え間伐を進めなければ人工林は崩壊してしまう」
「森の健康診断は市民に人工林の実態を知ってもらう良い機会だ。知った以上は見過ごすわけにはいかない。市民に出来る事は何でもやっていこう」
等々、人工林と林業の現状について活発に議論されました。

 次回、第4回矢作川森の健康診断は、平成20年6月7日(土)に開催予定です。

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